怖すぎかよ。昔の人が全力でスピリチュアルを演出した15のヴィンテージ心霊写真(閲覧注意)

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 オカルトが今よりも身近にあった時代、降霊会で霊と交信しようとする試みがブームとなった。

 互いになんらかの関わりのある男女の小グループがテーブルを囲み、霊媒師の助けをかりて好意的な霊とつながろうとする。

 もっとも古いものは18世紀中頃に行われた降霊会の記録が残っている。その19世紀には、心霊主義が台頭し、それが本格的に花開いた。エイブラハム・リンカーンやアーサー・コナン・ドイルなどの著名人までもが、これら不気味なイベントに参加していたのだ。

 その後スピリチュアリズム(心霊主義)へのこうした傾倒はもっと理性的な考え方にとって替わり、その結果、霊媒師のほとんどがインチキであることが判明した。

 まあでも現代のわたしたちは、彼らの尽力により、かつての大規模な捏造写真を見ることができるのだ。それは不穏で不気味な雰囲気を醸し出している。

15. ポルターガイスト現象を追い続けたデンマークの写真家、スヴェン・テュルク

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 1930年から40年代にかけて活躍したデンマークの写真家、 スヴェン・テュルクは、最初はこの時代のごく普通の日常生活シーンを中心に撮影し、一般の人たちの日々の暮らしを追っていた。

 しかし、40年代に心霊主義に転向し、霊によって動かされる物体を映像の中でとらえようとした。最初は懐疑的だったテュルクだが、コペンハーゲンにある自分のラボで数ヶ月の時間を費やしてこの現象を追いかけた。

 まもなく、降霊会の現場にセットした3台が、家具がひとりでに動いているように見える場面を撮影することに成功したようだ。

 ふたりがかりで持ち上げなくてはならないほど重たい大きな洋服ダンスが動いたり、降霊会の参加者たち自身も、部屋の端から端まで投げ飛ばされたりしたという。1945年、テュルクは『I Was Familiar With The Spirits』という写真集を出版した。

14. エクトプラズムを発生させたスコットランドの霊媒師、ヘレン・ダンカン

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 スコットランドの霊媒師、ヘレン・ダンカンは霊と接触できるだけでなく、エクトプラズムを発生させることができると主張した。エクプラズムとは霊媒師の体から出てくる霊を具現化した心霊体のこと。

 ダンカンが自分を導いてくれる霊だとしてペギーと呼んでいたある霊は、実際は紙と古いシーツでで作ったただの人形だった。

 エクトプラズムは、チーズを包むクロスと卵の白身とトイレットペーパーを混ぜたものにすぎないことが後でわかった。ダンカンはこれを降霊会の前に飲み込んで、吐き出していただけだ。

 1944年、ダンカンは1735年の魔術法にのっとって最後に裁かれたひとりとなった。この法律は、霊を呼び出して人を騙すことは犯罪だと定めている。9ヶ月の刑を終えて、釈放されたダンカンは降霊会は二度とやらないと約束したが、欲望が抑えきれなかったのか、1956年に再び降霊会を行って逮捕された。

13. ラッパを宙にうかせたウェールズの霊媒師、ジャック・ウェバー

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 元炭鉱労働者だったウェールズの霊媒師、ジャック・ウェバーは、妻から心霊主義の影響を受けた。

 最初はまじめに心霊テーマに取り組んでいたが、物体を浮遊させたり、エクトプラズムを発生させたり、ガイド霊であるパディとルーベンの助けをかりて霊と交信できると主張するようになった。

 彼の降霊会の写真は、たいてい赤外線フラッシュを使って撮影された。ラッパを宙に浮かせることは、ウェバーお得意の見世物だったが、マジシャンのジュリアン・プロスカウアーによると、これは単純なトリックだという。

 ウェバーのラッパには棒がついたのだという。薄暗がりの中で参加者がよく見えないのをいいことに、いわゆるエクトプラズムでその棒をうまいこと隠していたのではないかという。

 研究者のヘイウォード・キャリントンも、ウェバーはインチキだったと思っている。降霊会の最中に聞こえた霊の声は実際はウェバー本人の声で、ラッパには棒かゴムのチューブをとりつけていたのではという。

12. 幽霊と交信できると主張したイタリアの霊媒師、エウザピア・パラディーノ

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 イタリアの霊媒師、エウザピア・パラディーノは、物体を浮遊させたり、ガイド霊ジョン・キングを通して、幽霊とコミュニケートできると主張した。

 何度も詐欺で捕まっているにもかかわらず、偽物の手足をカモフラージュにして、自分の手足を自在に操り、大勢の人々に彼女が超自然的な力を持っていると信じ込ませた。

 1905年パリで、パラディーノはノーベル賞を受賞した物理学者ピエールとマリー・キュリー夫妻や、生理学者シャルル・リシェによる調査を受けた。そのときの体験を、ピエール・キュリーは書き残している。

とても興味深い体験だった。我々が見た現象は単純に詐欺だと簡単に片づけられるものではないように思えた。説明がつかないのだ。4本の足のついたテーブルが宙に浮きあがったり、誰も手を触れていないのに遠くから物が移動したり、見えない手がつねったりくすぐったり、光輝く幽霊が見えたりした。

降霊会のすべては、ごく少人数の我々の顔見知りの人間で準備し、トリックを手助けした共犯者がいた可能性はありえない。トリックがあったとすれば、霊媒師のマジシャンとしての並外れた才能の賜物としか言いようがない。

しかし、霊媒師の手足がしっかり押さえられていて、明かりもじゅうぶん明るく、誰もが起こったことをすべて目撃できる状態で、これらの現象をどう説明したらいいだろう?

11. 自分の体を宙に浮かせたウェールズの霊媒師、コリン・エヴァンズ

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 過去に登場した多くの霊媒たちは、無生物を浮遊させることができると主張してきたが、自分自身を空中に浮かすことができると言った者はあまりいない。

 20世紀のウェールズの霊媒師コリン・エヴァンズは1937年にこれを宣言し、ロンドンのフィンズベリーパークでの降霊会で実証して見せようとした。

 そこで取られたこの不気味な写真は、確かにエヴァンズが地面から浮き上がっているように見えるが、実際には違う。

 エヴァンズは暗闇の中で降霊会を行うことにこだわり、彼の手につながっているコードが、彼が自分でフラッシュをたいて写真を撮ったことを示している。

 実際には、彼が自分の椅子の上でジャンプして、体が宙に浮きあがったまさにその瞬間を写真に撮っただけだ。疑いをもった人たちが、彼の足元がぼんやりぶれているのも、浮いているのではなくジャンプした証拠だと後で指摘している。

 エヴァンズは、1年後のリージェントパークでの降霊会でも同じトリックを使おうとしたが、今度は聴衆がそれを許さなかった。金を返すよう要求されたエヴァンズは、しぶしぶ払い戻すはめになった。

10. 怪しい魅力を放っていたアメリカの高貴な女性霊媒師、マイナ・クランドン

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 インチキだと糾弾された霊媒師の多くは金儲けが動機だが、マイナ・クランドンの場合はちょっと違う。1888年生まれのクランドンは、裕福な外科医で社交界の名士と結婚した。そのため、中・上流階級の人たちは、彼女のような高い身分の人間がまさかイカサマだとは思いもしなかった。

 降霊会でクランドンは、自分の死んだ兄ウォルターの霊と交信することができると言い、降霊会自体がたいした見世物だった。というのは彼女はよく裸になってきらきら光るパウダーを胸につけ、男性の聴衆の膝に身を投げ出した。彼女の超自然の力を調査しようとした相手数人と不倫をしていたとも言われている。

 しかし、そんなクランドンの魅力に屈しなかったのが、あのマジシャンのハリー・フーディーニだ。クランドンが降霊会の最中に足を使ってベルを鳴らしたと指摘し、どうやってやったのか、『サイエンティフィック・アメリカン』の賞委員会で、実演して見せた。

 しかし、彼女の人気と魅力はよっぽどだったらしく、『サイエンティフィック・アメリカン』は彼女の超能力を絶賛する記事を発表した。

9. 降霊会で大儲けしたアメリカの霊媒師、エセル・ポスト・パリッシュ

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 アメリカの霊媒師、エセル・ポスト・パリッシュは、いかに霊媒の仕事が儲かるかを証明した。1932年、パリッシュはペンシルベニアで心霊主義者たちのサマーキャンプを開催した。これが、ピークのときは一年で100万ドルもの稼ぎになったという。

 このキャンプは、パリッシュのガイド霊の名にちなんで、シルバー・ベルと名づけられた。シルバー・ベルはインディアンの少女で、降霊会でエクトプラズムとしてその姿を現わしたとされている。

 1953年、ペンシルベニアでの降霊会で、写真家のジャック・エドワーズが撮影した写真には、カーテンのついたキャピネットの中に座るパリッシュの隣に、姿を現わしたシルバー・ベルらしき姿が写っている。

 しかしこの写真はのちに捏造であることがわかった。実際はシルバー・ベルは厚紙で作られた人形で、エクトプラズムらしきものは、二重露出でつけ加えられたただの煙だった。キャビネットのそばに立っている女性も、この捏造にかかわっていたのだろう。

8. 死んだ妻の幽霊写真で有名となったイングランドの超常現象研究家、ウィリアム・ホープ

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 イングランド、クルー出身の超常現象研究家、ウィリアム・ホープは、いわゆる心霊写真撮影の草分け的存在でもある。

 ホープを有名にしたのは、1906年に初めて撮ったもので、ウィリアム・クルックスと彼の死んだ妻の幽霊とされる写真。

 物理学者のオリヴァー・ロッジは、これは間違いなく二重露出の証で、レディ・クルックスの顔は明らかに結婚記念日の写真をコピーしてきたものだと指摘した。しかし、クルックス自身は心霊写真だと確信し、その証拠だと断言した。

 愛する故人が写っているとされる写真を売りつけて儲け、大衆を騙し続けて数年、1920年にホープの凋落は始まった。エドワード・ブッシュがホープに罠をしかけたのだ。

 ブッシュはウッドという偽名を使って、息子が死んで悲しみにくれる父親のふりをして、ホープに手紙を書いた。そして、死んだ息子だとする少年の写真を同封した。ホープと一緒に降霊会に出席した後で、ブッシュはホープの隣に死んだ息子がいるという写真を渡された。それは手紙に同封した写真とまったく同じものだった。

7. 原始人の男を連れてくるポーランドの霊媒師、フラネック・クルスキー

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 1873年生まれのポーランドの霊媒師フラネック・クルスキーは、降霊会で動物や人間の手足を出現させたり、写真の中に人間の霊を写りこませたりできると言われていた。

 彼の特殊な能力のひとつは、ある原始人の男を連れてくることらしい。その男は1919年に行われた降霊会に何度も現われているという。参加者のひとり、ドクター・オクロヴィクスは、この謎めいた存在について次のように語っている。

怒られると、そいつはしばらくテーブルの下に隠れるか、参加者の足元にうずくまって彼らの足を軽くひっかいたりした。唾液でべたべたの舌で参加者や霊媒師の顔を舐めようとする癖をやめさせるのはかなり大変だった。

そのたびに参加者に嫌がられて、あっちへ行けと言われていた。ぐずぐずとあたりに留まって、獣の檻の中のような汚らしい不快なにおいを発した。

6. エロティックな演出で人気を呼んだフランスの女性霊媒師、マルテ・ベロー

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 1886年生まれの有名なフランスの霊媒師マルテ・ベローは、1905年に降霊会を開催し始め、300歳のビエン・ボアというバラモン(カーストの最高位)のインド人を呼び出したと言われている。

 しかし1年後、これは実際はアラブ人の御者が金をもらって、マントと帽子と顎髭をつけて演技していたことが発覚した。この詐欺がばれてからは、ベローはエヴァ・カリエールと名前を変えて、霊媒師としての新たなキャリアを築いて成功した。

 カリエールの降霊会は、エロチックな演出であることが知られていた。彼女はよく裸になって、聴衆との性的行為を手ほどきをした。助手のジュリエット・バイソンは、降霊会でカリエールの娘フラワーに指を入れ、観客を欺くエクトプラズムが隠されていないか、わざわざチェックした。

 ふたりは恋愛関係にあったらしいが、おもに男性客を喜ばせるために、わざと降霊会をエロチックなものにしたと考えられている。

5. 偽霊媒師を暴こうとしたハリー・フーディーニのマージーボックス

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 これは偽霊媒師のトリックを暴こうとしたものであり、心霊や交霊写真ではない。

 フーディーニは、インチキ霊媒師を断固として許さず、その嘘をあばこうとして多大な時間と労力を費やした。彼は、心霊主義そのものに敵対していたわけではなかったが、トリックや詐欺で人を騙して金を巻き上げる輩に憤慨していたのだ。

 前出のマイナ・クランドンの調査の一環として、フーディーニは自分で特殊なキャビネットタイプのボックスを作り、マージーボックスとして知られるようになった。

 これは、降霊会のときに霊媒師が自由に手足を動かせないようにするものだ。降霊会のとき、クランドンの前にあるテーブルの上にベルを置いておいた。部屋が暗くなるとすぐにベルが鳴った。

 明かりがついたとき、マージーボックスのふたがこじ開けられていたことがわかり、これでフーディーニはクランドンが暗闇に乗じて自分でベルを鳴らして、まわりを欺いたのだと主張した。

4. 物体を浮遊させるポーランドの霊媒師、スタニスラワ・トムツィーク

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 20世紀初頭に有名になったポーランドの霊媒師スタニスラワ・トムツィークは、リトル・スターシャという霊に牛耳られていると主張していて、物を浮遊させたり、ガラスケースの中の時計の動きを止めたりすることができるとされた。

 1910年、ガラスのコップの空中浮遊トリックを、マジシャンのウィリアム・S・マリオットにあばかれて、彼女の詐欺が疑われるようになった。

 1914年、イギリスの心霊現象研究協会によって、セルロイドのボールをテーブルから22センチ浮き上がらせた彼女の降霊会が調査された。

 厳しい制約のない非公式の調査では、結果はどちらとも決着がつかなかったが、研究者たちはトムツィークが実際は細い糸を使って、物を宙に浮かせたのだろうと疑った。降霊会の最中に観客の何人かが彼女の手の間に黒い糸を目撃していて、この疑いは裏付けられた。

3. 自宅で怪しげな降霊会を行っていたアイルランドの女性霊媒師、キャスリーン・ゴリガー

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 アイルランドの霊媒師キャスリーン・ゴリガーは、自分の家族7人で自宅で降霊会を行った。研究者で技術者のウィリアム・ジャクソン・クロフォードはこれを調査し、テーブルを浮遊させたり、エクトプラズムを発生させたり(たいてい自分の性器から)することが本当にできると、彼女の能力を確信した。

 降霊会の様子はフラッシュを使って彼が撮影している。ゴリガーの自宅での調査の6年後、クロフォードは自殺した。だがその理由はわかっていない。

 クロフォードの死後、物理学者のエドマンド・エドワード・フアニエダルブがその後を引き継いだが、彼はゴリガーに好意的ではなかった。彼女はインチキで、テーブルが動いたのは足を使っただけだし、エクトプラズムはただのモスリン(薄地の織物)だと主張した。

 1922年、フアニエダルブはこれらの発見を本にして出版し、そのすぐ後でゴリガーは霊媒師を引退した。

2. アーサー・コナン・ドイルの霊を呼び出したカナダの霊媒師、メアリー・アン・マーシャル

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 1880年生まれのカナダの霊媒師、メアリー・アン・マーシャルはメアリ・Mとしても知られる。同時代のほかの霊媒師に比べるとあまり知られておらず、1884年に死んだ同姓同名のイギリスの霊媒師とよく混同される。

 マーシャルは若くして死んだ人の霊と交信することができると主張していた。彼女が鼻からエクトプラズムを出している有名な写真は、アーサー・コナン・ドイルの霊を呼び出したと言われている。ドイルは生涯を通じで心霊主義を擁護していたことで知られる。

 1928年から1933年の間に撮られたマーシャルの降霊会の一連の写真は、外科医で超心理学者のドクター・トーマス・グレンデニング・ハミルトンによって撮影された。彼は心霊主義を信じていて、これらの写真はれっきとした霊媒師の証拠だと思っていた。

 しかし、現代の目でこれらの写真を見れば、エクトプラズムがただの布で、アーサー・コナン・ドイルの顔は雑誌の切り抜きを使ったことは簡単にわかる。

1. エクトプラズムを使って礼を呼び出したイタリアの霊媒師、リンダ・ガゼーラ

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 1890年生まれのイタリアの霊媒師、リンダ・ガゼーラは、邪悪なエクトプラズムを使って霊を呼び出したり、謎めいたガイド霊の助けをかりて頭の中で考えただけで物体を動かす能力もあるとした。

 1908年から1910年の間に、ガゼーラは心霊主義者のエンリコ・イモーダによって一連の調査を受けた。最終的にはカゼーラの能力は本物だと断定されたが、彼女が亡くなった翌年の1911年には作家のジョゼフ・マカーベがガゼーラは実はインチキだったと明かした。

彼女の霊を呼び出すトリックは単純だ。鳥や花やモスリンやマスクを自分の髪の中や服の下に隠していて、うまいこと手足を自由に解放して、それらを巧みに操ったのだ

15 Seriously Creepy Photos From Real Seances/ translated konohazuku / edited by parumo
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